トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

映画 「BIUTIFUL」

普段の生活の中で死を意識している人って
どれくらいいるんだろう。

まず私、少しは考えてる。Photo

他人の頭の中とは比べようもない
けれど、まぁ、比べたところで
誰かが得する訳でもないし…

気付けば毎日くだらないこと
考えて、楽しかったり、つまんなか
ったりして1日は過ぎてゆく。

その隙間で自分の死について
考える時がある。

この映画の主人公の男、ウスバルは、スペインのバルセロナに幼い子供二人と
暮らしている。裕福とは程遠く、非合法なことをして日々の糧を得ている。
ただ、二人の子供をとても深く愛し、薬物中毒の別れた妻をも見捨てられない男。

余命2か月の宣告を受けて、より一層子供たちを守る気持ちは強くなる。
けれど現実は何一つ変わらない。
子供のする小さなことにイラついたりとかも。
一人じゃとても受け止められないようなことが起きても時間は戻せなかったりとか…
優しい気持ちが仇となる。親切は難しい。

少しずつ、でも確実に死に向かって生きている。
死に向かうことも、やっぱり生きるってことなのか?
それともカウントダウンと呼ぶべきか?

弱っていく身体はどれだけの死を想起させるのだろう?

もう自分が子供を守れない、ってことを否定することが出来なくなったとき、
誰かを頼りたくなったり、信じたくなるのかもしれない。
裏切られることを予感しながらも。

もしも私が余命2か月だと言われたら、不謹慎かもしれないけれど、
こんなこと言ってはいけないかもしれないけれど、きっと言ってはいけないとは
思うんだけど、ホッとしてしまうかもしれない。
それは、いつまで生きればいいのかわからないという不安を、
私が常に頭のどこかに住まわせているから。
どこかで終わりを決めてもらって、そこに向かいたいのかもしれない。

産声をあげた瞬間からそこに向かっていることは知っているはずなのにね。

この映画のタイトルの「BIUTIFUL」、ウスバルが娘に教えた単語。
綴りが間違ってるのが、なんだかとても切ない。

トップページ | 2011年8月 »

モーションウィジェット

無料ブログはココログ