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2012年5月

映画「春にして君を想う」

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   アイスランド・ドイツ・ノルウェーで

   1991年に製作された

   フリドリック・トール・フリドリクソン
                   監督作品。


   
   
   冒頭まもなく、

   私は”あぁぁぁ”と息を漏らしてしまいました。

   それは農夫だった78歳のソウルゲイルが飼い犬を打ち殺したからです。

   もちろんそれには理由があります。

   農夫をすることに疲れ、その地を離れる決心をしたからです。

   ”身勝手だぁー”って言ってやりたいけれど、言えない。


   ソウルゲイルは都会に住む娘夫婦の家に身を寄せますが、

   上手くいくはずもなく、老人ホームへ行くことを選びます。


   そこで、かつて彼が育った地で知り合ったステラという79歳の女性と再会します。

   彼女は故郷へ戻ること、故郷での死を望んでいました。

   二人は1台のジープを盗み、故郷へと向かいます。

   そしてそれは謎の失踪事件となりました。


   
   なんとも言えない寂しい映画です。

   満たされないとか、希望がないとか、そういうことではなく、

   他の人たちのように楽しいふりは出来ないというか、

   すごく頑固な二人なのかも、と想像しました。

   自分のことは自分でやれる、自分でできる、自分には意思がある、

   だから、最後も自分で決める。


   留まることのほうが、きっと簡単だと思う。

   けれど、二人は老人ホームを抜け出し故郷への旅を選びます。

   言葉は少なくても互いを労わりあいながら少しの時間を一緒に過ごします。


   アイスランドの風景はとても素敵なのだけれどどこか寂しげで、

   老人二人の足取りがより一層、寂しさを感じさせました。


   
   人生は選択の連続で、

   正しいか正しくないかなんてわからないことの方が多いのかもしれない。

   周りに流されることなく、自分で決断するって実は結構すごいこと、かも。

中村文則「何もかも憂鬱な夜に」

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     私は知らなかったのですが、

   ピースの又吉さんのオススメ本だそうです。


   タイトルに惹かれて借りてきました。
   
 


   物語は主人公である”僕”の

   子供の頃の出来事と、

   それとは別に”僕”が作り出したであろう

   幼いころの記憶に触れて始まります。


   捨て子であった”僕”は施設で育ち、

   大人になった僕は拘置所の刑務官として9年勤めている。


   拘置所に収容されている18歳の少年。

   夫婦二人を殺し、すでに死刑判決を受けている。とりあえず控訴の意志はない。


   かつて拘置所に収容されていた50代の男性。

   彼の仮出所を唯一止めることが出来る証拠を握っていた”僕”。

   けれど”僕”は証拠を握り潰し彼は出所する。

   そして仮出所中に犯罪を犯し、再逮捕。


   拘置所以外での”僕”。

   13回忌を迎える真下という自殺した友人がいた。

   彼が”僕”に残したものは一冊の大学ノート。

   そのノートの最初はこんな風に綴られている。

   「何かになりたい。何かになれば、自分は生きていける。

   そうすれば、自分は自分として、そういう自信の中で、

   自分を保って生きていける。まだ、今の自分は、仮の姿だ」 

   その後は気分が滅入るような独白が続く。

   まるで”僕”への復讐なのか、コンプレックスなのか?


   もう一人、”僕”にとって重要な人物。

   それは施設で世話になっていた”あの人”

   ”僕”にとっては唯一の救いだったのかもしれません。


   人はどうして誰かを巻き込もうとするのかなぁと思わずにはいられませんでした。

   ”僕”を取り巻く人たちは、

   「お前は俺と一緒で、危ない傾向にあるよ。」とか

   「あなたは、どちらかと言えば、こっち側の人間です」とか

   そんな言葉を”僕”に投げかけます。

   けれど、それを口にした時点でそれは逆に否定してるような気もします。


   どうしてそんなことを口にするのか?

   理解者を求める気持ちのような気もするし、

   単に卑しい心がそれを口にしてるようにも思えます。  
   

   そしてこの本では死刑についても言及していますが、

   死刑を扱うにしてはこの本は短すぎるのでは?と思いました。

   
   主人公である”僕”

   もしかするとそれは、読み手全員がそうなのかもしれません。

   青臭い正義感、何もかもぶち壊したい衝動、傷つく心。

   どうなんだろう?

白髪ってなんなの

  
   最近白髪がすごいことになっている。

   いや、前からあったけど自分が思ってた以上にすごいことになっている。

   なんなんだろう、あの存在感。

   激しすぎる自己主張。

   かと思えば、外側ではなく内側に集中してる。

   白髪の会話でよく出る

   「めくったらすごい」

   正にそれ。


   黒髪に対して何パーセントを占めてるかは知らないけれど、

   きっと大したことないはず。

   まるでゴキブリの一匹いたら的なものに共通するのかも。

   自分で書いておきながらちょっと気持ち悪い。


   気分を少し変えて私が今使っている白髪染めはコチラ

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   CMでおなじみの利尻昆布。

   選んだ一番の理由は無添加だから。

   なんて単純な私。

   満足しているかと言われると答えは微妙。

   あくまで白髪を目立たなくするというだけ。

   私の使用方法が悪いのか( ̄Д ̄;;

   きっとドラッグストアで売ってるもっと手頃な白髪染めの方が、

   よく染まるであろうことは想像できるのだけれど、どうにも抵抗がある。


   けれど、白髪の不思議。

   なぜ内側に集中する?

   遠慮してるのか、もしそうなら大々的に遠慮して欲しい。

   それとも意外と気合い?

   白髪をみつけて嫌だなぁ、という気持ちの勝利?

   きっとそんなことはない。

   悲しいけれどただの老化なのだから。


   でも個人差という依怙贔屓。

   遺伝子の依怙贔屓っていった方がいいのかな。


   確かなことは真っ白になるまで白髪の悩みは尽きないのだということ。

   たぶん。

映画「ショーシャンクの空に」

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   1994年アメリカで製作された

   フランク・ダラボン監督作品です。


   
   1947年、妻とその浮気男を銃殺したという、

   本当は無実の罪で、

   夫であるアンディはショーシャンク刑務所に

   収容されてしまいます。


   そこで彼は、レッドという調達係の囚人に、

   ロックハンマーを注文します。

   刑務所で味わう数々の屈辱や絶望に

   呑み込まれない為の希望をつなぐ唯一の道具。


   銀行の副頭取でもあったアンディの頭脳を利用する所長。

   そんな出来事にも耐えることが出来たのも、

   ロックハンマーがあったからこそなのだと思います。


   無実の罪で服役したり、不正で得たお金を手にすることができたりと、

   真実というのは、世の中でどれくらい意味があるのかと少し考えてしまいました。


   人は喜ぶべきなのか、哀しむべきなのか順応してしまう生き物です。

   与えられた環境で楽しかったり、苦しかったりしながらその世界を生きています。

   たとえそれがどんなに狭くても。

   ブルックスという一人の年老いた囚人は、

   50年ものあいだ刑務所で過ごし、仮釈放に恐怖を感じていました。

   自分がもし同じ立場ならやっぱり恐怖を感じていたと思います。


   そして私が気になったシーン。

   それは40年間の服役をして仮釈放になったレッドが、

   勤め先の店主にトイレに行ってもいいかと尋ねるところ。

   店主はいちいち許可を求めなくていいと言います。

   けれどレッドは、

   「40年間許可なしでは小便をできなかった

   そしてそれが彼の日常だった。そう思うと少し切なくなりました。


   最後にこの映画のラストシーン。

   私には良かったのか、良くなかったのかよくわからず、

   私的にはちょっと、ウ~ン?!といった感じでした。   

イタチとねずみ

   まぁまぁ都会の住宅街で、

   イタチが堂々と前を横切りました。

   しかも口にはデカいネズミを一匹くわえて。


   川もなければ畑もない。

   こんな都会の真ん中で、ネズミを捕っている。

   ちょっとびっくりしました。


   飲食店が軒を連ねていていくらでも食べるものはあるだろうに、

   にも関わらずちゃんとネズミを捕まえている。


   間違いなくネズミは食べられるんだろうなぁ、と。


   一年程前に、猫がハムスターをくわえているのを見たときは、

   それを猫が食べるなんて考えもしなかったけれど、

   今日のイタチは間違いなくネズミを食べるだろうなぁ、と思いました。


   どちらも人からみたら、駆除の対象としか思われないのかもしれない。

   けれど、ああいう光景を目の当たりにすると、

   人は何かにつけて理由を欲しがったり、

   それについて悩んだりと、面倒だなぁ、と思ってしまいました。

   そしてそんな面倒くさい自分を省みつつ、

   やっぱり生きてるうちは面倒くさい自分でいるんだろうなぁ、と

   少しだけ開き直りました。

映画「海辺の家」

Umi

   2001年アメリカで製作された

   アーウィン・ウィンクラー監督作品


   下品に始まるこの映画。

   あらすじはというと…


   バツ1の男、ジョージ。

   元妻との間には16歳の息子サムがいる。

   元妻はというと、

   再婚し、新たに授かった息子二人とサム、

   そして旦那様と5人で暮らしている。


   サムは難しい年頃で問題があり、

   家族はサムを持て余している。


   そんなとき、ジョージは会社をリストラされ、

   その帰りに倒れてしまい、余命3~4か月の宣告を受ける。


   そして決意する。

   25年前に大嫌いな父親から譲り受けた家を建て直すことを。


   そして反発する息子サムを無理やり家に連れ帰り、

   一緒に過ごす夏休みが始まる。


   物語はこんな感じで始まります。


   反発しながらも父親に従うサムはとってもいい子です。

   ジョージはサムに自分の死が迫っていることを告げたとき、

   「ただ好かれたいんじゃない。愛されたかったんだ」って言ったけど、

   最初からちゃんと愛されてました。

   好かれてはいなかったかもしれないけれど…

   愛されてはいたと思います。

   少なくとも私にはそう見えました。


   誰かに対して「愛されたい」って言うのを口にするのは、

   かなりの勇気が必要だと思うのです。

   でもそれを無条件に許し、

   受け入れてくれる相手はやっぱり家族なのかなぁ、と考えました。


   死は避けようもなくジョージは死んでしまうけれど、

   とても穏やかな最期です。


   下品に始まるこの映画、

   と書きましたが、

   最後は清々しく幕を閉じました。

   

円城塔「道化師の蝶」

Do    


   第146回芥川賞受賞作を読んでみました。


   まず読み始めて最初に思った事。

   理屈っぽくてくどい

   次に読み進めて思った事。

   やっぱり理屈っぽくてくどい

   でも決して嫌ではない。


   
そしてあらすじは?と聞かれると

   なんと答えてよいのか結構困ってしまう。


   この物語に頻繁に登場する

   エイブラムス氏という男。とりあえず男。

   できうる限り飛行機に乗り、捕虫網で着想を捕まえるのが仕事だという。

   でもこの男、死ぬ先年から子宮癌を患っていたらしい。男???

   そこで私の中ではエイブラムス氏は男装家ということにしておきました。


   こんな風にして、わからないところは自分の好きなように想像して読みました。

   理解する努力は早々に放棄です。

   何かが解りかけては突き放される。捕まえられないのです。


   この物語でエイブラムス氏は、友幸友幸という多言語作家を

   潤沢な資金と人員を投入し追跡したとあります。

   けれど、それはことごとく失敗に終わったそうです。


   私はまるでこの本が友幸友幸だなぁ、と思いました。

   理解しようと読み始めた私はエイブラムス氏で、結局理解するのは無理だった、

   という具合です。

   でも理解できないイコールつまらないではないのです。

   十分楽しめましたし、不思議と読みやすいのです。


   いくつか気に入った言葉があったのですが、その中からひとつだけ。


   次の文は嘘を言っている。前の文は真実を言っている。

   この二文を読み流しても問題はなく、

   生真面目に見つめるならば何かが起こる。


   
こんな風に言ってもらわないと、

   私なら確実に読み流してるだろうなぁ、と思いました。


   決して長いお話ではないので、せっかちでなければ楽しめると思います。


   最後に、エイブラムス氏の死因はエコノミークラス症候群だそうです。

      

映画「僕の村は戦場だった」

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   1962年にソ連で製作された

   A・タルコフスキー監督作品。


   戦争映画でありながらとても静かな作品です。


   主人公のイワン少年は、

   とても意思が強く自分を曲げたりはしません。

   家族を失った悲しみを埋めるように、

   ドイツ兵への復讐心が少年を動かします。


   そしてその少年の将来を案ずる数人の大人たち。

   けれど、少年は斥候としてドイツ軍が侵攻している対岸へと向かいます。

   少年のことを案ずるホーリン大尉らに見送られて。

   これが最後の別れになることを予感していたのか、それとも再会を信じていたのか

   私にはわかりません。


   時折使われる少年の家族との回想シーンが、

   戦争を非難しているように感じました。


   そして全編通じて、静かで言葉少ないところが、

   いろいろな人がいろいろなことを慮っているようにも思いました。

スクラッチ

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   今日はトイレの夢を見たので

   スクラッチを買いました。


   トイレの夢は金運上昇らしいです( ̄▽ ̄)


   信じて5枚購入。


   すると当たりました~  五千円sign03


   久しぶりの五千円。

   売り場のお姉さん声をかけてくれてありがとう(o^-^o)

   本日発売とのこと。

   まだまだチャンスありです。

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